2012年10月12日

僕が校長先生だったら。

皆さん、こんばんは! 結フェスティバルも終わって、ちょっとゆっくりできるかな、なんていうのは夢の話で、準備のために犠牲にしてきた諸々の仕事に明け暮れる日々です。そう、請求事務とか大学の講義準備とか。それに加え、来月は「第六回みあと寄席」に「みんなのスポーツフェスティバルin奈良」という、「イベント業者なの?」と思われてしまうぐらい盛りだくさんの内容なんで、休んでる暇なし!です(^_^;)

で、昨日は久しぶりの大学の講義の日だったのですが、講義が終わっていつものように感想を書いてもらったら、「また来週の授業楽しみにしています!」なんていう、とてもうれしいお言葉が。これだから教育の現場も止められませんね。

教育ということで言えば、一昨日少し思うことがあったので、そのことについてちょっと書いてみようと思います。長文になるかもしれませんが、良かったらお付き合いください。

一昨日、先ほど紹介した「みんなのスポーツフェスティバル」の開催周知のため、会場となる田原本町近辺の4市町村(橿原市、川西町、三宅町、田原本町)にある小中学校に、全校生徒分のチラシを届けてまわるということをしました。僕は橿原市以外の小中学校10校を担当。

学校に着いてまずすることと言えば、門扉の前で車を降りて、インターホンを鳴らすということ。そして用件を伝えて、門扉を開け、車に乗り込んで門扉を越え、そしてまた車を降りて、門扉を閉める。そうなんです。門扉はどこの学校もきっちりと閉まっているのです。

「そんなんあたり前やん」という声も聞こえてくると思います。でも僕が小学校に通っていた頃はそうではなかった。門扉は必ず開いていたし、出入り自由でした。で、いろいろと考えたわけです。これは違うなと。僕が校長先生だったら、門扉は開放しておきますね。その代わりに、門扉の近くに色とりどりの花を植え、花壇を整備し、掘立小屋をつくります。そして近所のおじいちゃん、おばあちゃんが気軽に集って、花に水をやり、井戸端会議ができる空間を作ります。

今、文科省でも学校の開放を進めようとしているようなんですが、休校日のグラウンドや体育館を地域に貸し出したりすることがほんとの開放ではないと思うんですよね。いかにその地域で暮らしている人たちが、顔の見える関係になれるかということ。おそらく門扉を閉めるというのは、池田小の事件とかその他のいろんな事件があったからなんでしょう。でもそれって対処療法でしかないんじゃないかな。

僕の門扉開放案では、朝の早くからおじいちゃんおばあちゃんが門扉のそばでいろんな手作業をしながら、子どもたちに声をかける。そして遅刻してくる子どもたちにも声をかける。遅刻してくる子どもは、バツが悪くなって、ちゃんと登校するようになるか、もしくは登校しないようになるか。でも登校しなくなってもどの子が登校してないかすぐに分かるので、町で見かけたら声をかけられるし、何しろその子が自分に関心をもってくれているということが分かれば、少しは心も解放してくれるんじゃないかなと思います。

それに、俗にいう不審者も、門扉でおじいちゃんおばあちゃんがいたら、学校には入れないと思うんですよ。門扉に頼り切って、いかにも「防犯してますよー」なんていうのは、単なる学校側の免罪符であって、ほんとのところは防犯なんてあまり考えてないんじゃないかな、なんて疑ってみたり。だって門扉閉めてても入ろうと思ったら簡単に入れますもん。

「そんな簡単なことではないんだよ」という声も聞こえてきそうですが、理想は門扉が開いていて自由に出入りでき、多世代が交流し、教科書の学びだけではなくて、いろんな人から学ぶことのできる場所が学校というものだと思います。そして先生たちも、もっと地域のおじいちゃん、おばあちゃんたち、異分野の人たちと交流し、視野を広げていくことが必要なんだと。これからの「教育」は、教え育てるのではなくて、共に育つの「共育」なんだと思います。

そんなことを考えたチラシ配布でした(^^)/

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posted by ぜん at 23:03| Comment(0) | TrackBack(0) | 徒然 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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